その4「理想の理想の住まいは、赤字50億円の香り」

新人くん、大阪で人生の修行をするの巻 その4

「理想の住まいは、赤字50億円の香り」

ボクが不動産会社に入社した理由はシンプルだった。

「自分で、自分の住む家を作りたい」

――それだけ。建築の知識なんてゼロ。文系ど真ん中の僕が家づくりなんて無理だと思っていたけれど、就活中に出会った先輩がこう言った。


「家ってさ、図面を引くのは設計士の人だけど、どんな暮らしを実現するかを決めるのは企画の人なんだよ。つまり、“住まいのコンセプト”をつくるのは文系なんだ。」


おお、それ、めちゃくちゃカッコいい。

「住まい=文系の仕事」だと聞かされ、僕は意気揚々と不動産会社に入った。


そして入社2年目――ついにそのチャンスがやってきた。

プロジェクトの名は、郊外の山を越えた斜面地のニュータウン開発。


周囲に何もない。坂と緑と、少しの風。でも、ボクの頭の中にはイタリアの丘の街の風景が広がっていた。


「これは…アッシジじゃないか。」


そう確信した僕は、板状マンションではなく、“山荘風マンション”を提案。

戸建て風の3階建てで、各階に1住戸、計30棟近くを建てる。

各住戸は全て100㎡以上、3LDK〜4LDK。まさにボクの理想の住まい。


「狭い団地育ちだった自分が、本当に住みたかった家を形にするんだ…!」


プランは上層部に通り、夢はそのまま現実になる

――地獄の入り口とは知らずに。


→現実その1:斜面は夢を食うモンスターだった

いざ工事費の見積もりを出してみると、びっくりするほど高い。

当たり前だ。

斜面地というだけで、工事は激ムズ。

しかも普通のマンションはひとつながりだからコスパがいい。

でもボクが提案したのは、個別に30棟近く建てる“住宅の軍団”。

基礎も、配管も、足場も、ぜんぶ30回ずつやるハメになった。


→現実その2:広い=売れる、ではなかった

住戸はすべて100㎡オーバー。

通常マンションは坪単価×面積で価格が決まる。つまり、広ければ広いほど、高い。

しかも普通の物件は、「狭い1LDK(30~50㎡)」と「広いファミリー向け(70~100㎡)」を織り交ぜて、価格帯とターゲットにバリエーションを持たせる。

が、新人くんのプランは全戸100㎡。

バリエーション?知らんがな。

その結果――当時の相場では誰も手が出せない、超・高額マンション団地が完成してしまった。


→現実その3:夢の代償、50億円

販売開始。……動かない。誰も買えない。営業も泣いてる。

上司も無言。

社内で“あの案件”とささやかれるようになった頃、会社にぽつりと記された数字。

「赤字:約50億円」


新人2年目。夢は叶った。

そしてその夢の価格は、まさかの50億円也。