その3「新聞に載ったら、バーベルを持ち上げていた件」
新人くん、大阪で人生の修行をするの巻 その3
「新聞に載ったら、バーベルを持ち上げていた件」
ボクの勤めていた不動産会社は、東京に本社があって、関西ではまだまだ無名。
大阪支店といっても、会社の看板だけで仕事が舞い込んでくるほど甘くはなかった。
そこで会社がとった戦略が、“新聞広告で知名度アップ大作戦”。
地主さんをターゲットに、「土地にビルを建てませんか? 私たちがサポートします!」というキャンペーンを打ち出したのだ。
しかもただの文字広告ではなく、“顔写真入り”。
毎週、社員がひとりずつ登場するという連載形式。
キャッチコピーは「私たちが解決します!」という、なかなかの断定系。
上司たちがひと通り載り終わると、いよいよボクの番が回ってきた。
人生初の新聞掲載。撮影当日、少しだけスーツの襟元を整え、「ちょっと頼れる感じ」で写ろうとポーズも研究。そして週末、新聞に自分の顔が載る――。
「よし、ついにボクにもチャンスが来るか?」
……と思ったのも、つかの間だった。
広告を見た人からの電話は、確かに鳴った。
でも、内容はというと――
・大阪から2時間かかる山の奥にある、元みかん畑の土地
・住宅街のど真ん中にある、間口2メートルの極小スペース
・「50年前におじいちゃんが買ったっきり」の所在不明地
などなど、商売にはまったくならない案件のオンパレード。
しかも、こちらが「建てられませんね…」と丁寧に説明しても、「なんとかせぇや!」と逆ギレされることもしばしば。
まさか、「新聞に出る」→「山奥でお断り行脚の日々が始まる」になるとは…。
そして、ある日かかってきた一本の電話。
「お前、ちょっと来いや。」
そう言ってきたのは、郊外に一軒家を構えるご年配の男性。
駅から歩いて30分の住宅街、開発も厳しそうな立地。
にもかかわらず「ここにビルを建てたい」と主張する、なかなかの強者だった。
応接室に通されると、いきなりその人が言った。
「お前、新聞出たからって、調子に乗っとったらあかんで。」
いきなりのダメ出し。笑顔ゼロ。
しかも次の瞬間、ボクの目に飛び込んできたのは――庭に鎮座する、特大のバーベル。
「話、聞いたるけどな。このバーベル、持ち上げてからや。」
いやいやいやいや。
ちょっと待って。こっちは文化系育ちの日陰人間。
重いのは建築図面までで十分なんです。
でも、そう言われたらやるしかない。
力じゃない、これは気合いの問題だ。
結局、数日かけて通い詰め、軽く筋肉痛に悶えながらも、
ついにバーベルを持ち上げることに成功。
「おう、やるやんけ兄ちゃん。話、聞いたるわ。」
……いや、そもそもその土地、どう見てもビル無理ですから。
最終的には、やっぱりお断りとなったのだけど、
「まあ、よう頑張ったな!」とその日の晩、なぜか新地でご馳走になることに。
焼き肉、寿司、お酒までしっかりいただきながら、
「お前みたいな若いやつ、ええなぁ」
なんて笑ってくれる姿がちょっと可愛かった。
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