その1「お菓子の袋に5000万円」
新人くん、大阪で人生の修行をするの巻 その1
「お菓子の袋に5000万円」
社会人になって最初に配属されたのは大阪。
そこがボクにとっての「会社生活スタート地点」だった。
配属された瞬間は「まあこんなもんか」と思っていたけれど、
今振り返ると――いや、あれは“常識”という名の道を踏み外した部署だった気がする。
ボクが最初に担当した仕事。それはなんと、今で言うところの反社会的勢力の自宅建設だった。
お客様は「総会屋」と呼ばれる方。
当時はまだその言葉の重みもよく知らず、
「ふつうの住宅の仕事」と思っていたけれど、住宅の価格を聞いて驚いた。
総額1億5000万円。個人宅で。
ボクの新人時代は一部上場の不動産会社。
その大企業がなぜか「一個人の自宅建設」を請け負っている。
どう考えても不自然だが、当時のボクにとってははじめての現場、はじめての顧客、はじめての仕事。目の前のことを必死にこなすしかなかった。
その総会屋さんは、見た目も発言もかなり迫力があった。
電話では唐突に「おい、○○の飛行機チケット、なんとかならんか」なんて話を振られることもしばしば。どうやら満席の飛行機に無理やり割り込むことが日常茶飯事らしい。(割り込むって、どうやって?って誰も教えてくれなかったけれど。)
さて、工事は着工金→上棟時→竣工時と、3回に分けて支払いがある。
最初の着手金は無事にいただいて、建設は順調に進んでいった。
「そろそろ上棟だな…」というタイミングのある朝、上司が、妙に深刻な顔で僕を呼んだ。
「おい。お前のお客さん、捕まったぞ。」
……え?
「捕まったぞ」って、そんなサラッと言う?
このときの心境は「ビギナー向けホラー映画の主人公」である。動揺する僕を尻目に、上司は続ける。
「で、中間金どうすんねん?」
いやいやいやいやいや!こっちが聞きたいわ!
新人1年目にして、「逮捕された顧客から中間金をもらうミッション」発生。
そして、さらなる試練が。
「奥さんに電話して、もらってこい。」
新入社員、入社半年。人生で初めての本気の冷や汗をかきながら、震える手でダイヤルを回す。「ご愁傷さまでございます…?」そんなセリフを口にしていいのかすら迷いながら電話をかけると、意外や意外、奥様の反応は冷静だった。
「主人から聞いております。お金は用意しておりますので、取りに来てください。」
その言葉にホッとする僕。銀行振込かな?小切手かな?と思いつつ、仮住まいのご自宅へ伺う。
そして、リビングで出てきたのは――なんと、現金1,000万円の束が5つ。
合計5,000万円。
……え?それを?今?僕が持って帰る??
「すみません、袋とかって……」と聞いたら、奥様が差し出してくれたのが、お菓子の袋。
可愛らしい紙袋に、札束をずっしりと詰めて、僕は阪急電車に乗って大阪支店へと戻った。
(※周囲の乗客の皆さん、その袋、たぶん駅ナカで買ったクッキーじゃないです。)
その後、無事に建物も完成し、最終金もなんとか支払っていただいた。
でも話は終わらない。
実は追加工事があり、その費用が数百万円ほど発生。
このときはもう経験を積んでいたので、現金を想定し、少し大きめのカバンで再訪。
総会屋さんの事務所に伺うと、
「お前、これだけの金持ってて海外逃げようとか思わんかったんか?」とニヤリ。
もちろんそんなつもりは微塵もないと答えつつ、出された現金を受け取る。
その際、上司から言われていたアドバイスはこうだ。
「札束は“帯封”ついてるから、それで数えたらええ。」
帯封――つまり「数え済みの帯状の紙」付き、ということだ。
が、出されたお金には帯封なし。
「お前、ちゃんと数えた方がええで。」
そう言われ、慌てて札を数えようとしたその時――
手が震えて、札が空中に舞った。
まるで映画のワンシーン。部屋中に散る札束。
目をまん丸にする僕に、総会屋さんはあきれ笑い。
「もうええわ、幼いのう。はよ海外行ってこいや。」
そう言って、最後には「よう頑張ったな」と一言。
手渡されたのは――またお菓子。
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新人くん、大阪で人生の修行をするの巻(“場”のことを考えるようになった、あの頃の話。)はこちら
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