その2「完成間近のビル、ボクが最初のテナントでした」

新人くん、大阪で人生の修行をするの巻 その2

ボクの次の担当は、大阪のとある商業地に建つテナントビルの建設プロジェクトだった。

当時、ボクの会社では、オーナーさんの代わりにビルを建てて、テナントを誘致して運営まで丸ごとサポートするという、今でいう“まるっと請負スタイル”の仕事をしていた。


上司が言った。

「サカキさぁ、まぁ今回は新人にもやさしい案件や。お客さんもええ人やし、場所もええし、オフィスもすぐ決まる。……まぁ言うたら、誰でもできる案件やけどな。」

(おい、最後の一言いらん)


でもボクは、“はじめての本格ビル案件”に心を躍らせていた。

計画は順調で、工事もサクサク進み、ビルはまっすぐすくすく育っていった。

これは「新人くん、無事に卒業コースか?」と思っていた、ある日のことだった。

一本の電話が鳴った。


「サカキさんかなぁ……お金、払えんようになったわ。」


一瞬、何の冗談かと思った。

いや、何かの間違いか、ドッキリ番組か。

でも電話口の声は笑っていない。

それどころか、言葉は端的すぎて、説明も謝罪もなかった。

まるで「今日は雨ですね」と言うように、「払えんのや」と。

急いでお客様の元へ向かう。

そこには、以前の“温和なオーナーさん”の姿はなかった。


「払えもんは、払えんのや。」


声も目つきも、別人みたいだった。

ここでボク、完全に思考停止。


ビルはもうすぐ完成する。

完成すれば、建設会社から“完成品”として引き渡される。

でも、その費用が支払われないまま引き渡したら……

このビル、まるごと持っていかれる可能性がある。


どうする、サカキ。


とりあえず、片っ端から本を買った。

「与信管理」「債権回収」「トラブル事例集」「実録!不動産事件ファイル」……

まさか、入社2年目で“お金の回収セミナー”に自主参加するとは思わなかった。

弁護士にも相談した。


「このまま完成して鍵を渡してしまったら、お客さんに占有されますよ。

ご注意ください。」

と冷静に言われて、こちらは内心パニックである。

急いで、敷地に仮囲いを設置。

警備会社に連絡。でも警備員が来るのは数日後。

その間、どうする?


答え:自分が見張る。


というわけで、新人くん、人生で初めて“自分が建てたビルに住む”ことになる。

誰もいない、完成間近の空っぽのビル。

コンクリートの床に寝袋。防犯ブザーと、コンビニおにぎりと、建築図面を抱えて過ごす夜。まさか、オフィスビルで自分が初テナントになるとは夢にも思わなかった。


数日後、ようやく警備員が到着。


「夜間警備、交代します」と言われたときは、本当に涙が出そうだった。


その後、このビルは結局“こげつき物件”に。

未回収のまま、関係者の記憶にだけ残る建物になってしまった。

そして今でも、そのビルの近くを通るたび、心拍数が上がる。

あのときの寝袋と、無音の夜が、いまだに体に染みついている。


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新人くん、大阪で人生の修行をするの巻(“場”のことを考えるようになった、あの頃の話。)はこちら